随分以前から登れるかどうか、気になっていた。
新緑の頃、山葵谷へ様子を覗いに入り、日本岳のコルからも下を探索している。
そのことをTさんに話し、車2台での同行を約束していた。
この時期、日は短いが雨が少なく地面も締まっている。決行するには絶好の季節だろう。
撤退するにしても、早めの出発が良いのは云うまでも無い。
まだ明けない5時半に和佐叉ヒュッテの駐車場に一台をデポして伯母谷へ戻ったが、6時前では未だ暗かった。
ザックの奥からヘッデンを出すのも煩わしい。
足元が見え易くなるまで暫く待った。
6:10 少し明るくなり山葵谷の林道を歩き出す。
上を見上げると白いものを被ったピークが覗える。霧氷なのか樹氷なのかは定かでは無かったが胸をときめかす程に美しく見えた。
沢の分岐は右へ覗谷、左は地獄谷。
橋を渡って左の地獄谷へは荒廃した山葵の栽培場だったと思える所を横切り左岸の道を辿る。
道は直ぐに崩壊していて沢へ降りた。沢の右岸に渡ると古いルートらしき踏み跡がありそれに沿って登ってゆく。 |
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歩き易いところを登って行くと、所々で古い赤テープがあり、頼りにもなった。
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10畳ほどある大きな岩屋があった
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標高1150m(確実ではない)程のところで沢は二股になっていた。右手は大普賢と小普賢のコルに突き上げる沢と思える。
我々は左の沢を上る。
ギー、ギーと大きなケタタマシイ声がしてきた。
数頭の猿が喧嘩している様だった。
木の枝を飛び回って暴れていた。
それに応えてTさんが笛を鳴らし、反応して様子をみたが治まる様子など全くなし。
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滝にぶつかり、大きく左に急斜面を巻き尾根沿いに登った。
ザレた急斜面は危険がいっぱいだったが所々の木を頼りに四つんばいで登る。北西方向の対岸には小普賢の壁とその向こうには大普賢への壁が恐ろしく立っていて、もっと向こうには伯母谷覗きの岩も見えていた。
又もや古い踏み跡とテープが現れて、それに沿って巻きながら登る。
いくつかの、地図に現れない沢を横切り、涸れた本流に戻った様な記憶である。
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この辺りからは、まともに登れず、右へ左へジグザグに谷を跨ぎながら登る。
時々白いピークが右に左に見えたりしたが位置確認がしづらい状況だった。
日本岳の岩壁にぶつかるのが嫌で少々右に振りながら登ったのが良かったのかもしれない。
明るいコルのようなところが見えてくると、ザレと岩場の沢を突き上げて見覚えのある日本岳と小普賢岳のコルに出てほっとした。10:25
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無理をせず歩きやすい足場を探しながら、落ち着いてルートファインディングをしたお陰で、引き返すことも無く、ザイルも無用のものとなった。 |
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笹が現れた日本岳のコル |
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コルからは歩きなれた登山道を大普賢岳へ。
霧氷だったものは登るにつれて次第に樹氷に替わって足元にも雪が薄っすらと現れる。
大普賢岳山頂。11:25〜11:50
山頂では4組のパーティと出会う。
思いがけない見事な樹氷に、それぞれに感嘆の声が渦巻く。
山頂の気温はマイナス5度だった。
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和佐叉ヒュッテ下山13:30
同行したタンタンさんの記録へ
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(参考タイム)
山葵谷入り口6:10〜日本岳と小普賢岳の鞍部10:25〜大普賢岳11;25-11:50(昼食)
〜日本岳と小普賢岳の鞍部〜和佐叉ヒュッテ13:30 |
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